栄光と挫折の中で
〜不死鳥
和田一夫〜 |
1997年 |
上海市栄誉市民賞授与 |
68才 |
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株式会社ヤオハンジャパン経営危機に伴い和田晃昌社長辞任 |
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シンガポールIMM社社長 和田光正がヤオハンジャパン社長に就任 |
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和田一夫、上海総本部を引き上げ日本帰国移住 |
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ヤオハンジャパン会長として営業本部長に就任 |
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ヤオハンジャパン総合スーパー(GMS)16店舗をダイエーグループに売却 |
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9月 株式会社ヤオハンジャパン倒産 |
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静岡地裁に会社更生法申請 |
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和田一夫、グループ代表辞任 |
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海外国内全グループ関連会社の役職をすべて辞任、すべての公職を辞任 |
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| 1998年 |
都内にて謹慎蟄居生活を行い、瀬島龍三、サッチャー、ケ小平等世界的リーダーの自伝を読みふける。その中から自分の体験を経営者たちに広く伝え、育てる「カンパニードクター」としての道を決意。 |
69才 |
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多く支援者の支えにより経営コンサルティング企業、株式会社ワダ経営を設立創業(東京、代表取締役社長に就任) |
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| 1999年 |
「繁栄実践塾」と称し、東京、博多、熊本等にて経営セミナーを展開。 |
70才 |
| 11月 |
11月11日 和田を慕う経営者達による復活セミナーでの講演にて復活宣言
セミナーで現在のビジネスパートナーである正田英樹と運命的な出会いを経て、初めて福岡県飯塚市を知る。 |
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| 12月 |
初めて飯塚の地を踏む。 |
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| 12月31日 |
自分の再起と共に飯塚市の復興を決意。飯塚での企業と移住を決める。 |
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| 2000年 |
ヤオハンジャパン会社更生計画が認められ静岡地裁より認可。社名を株式会社ヤオハンと改めジャスコ・イオングループ傘下企業として再建計画がスタート。 |
71才 |
| 3月 |
福岡県飯塚市にインターネットを主軸とした経営コンサルティング企業株式会社ベンチャー・ビジネスファンドを設立(代表取締役社長に就任) |
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| 5月 |
和田一夫、家族と共に新会社設立のため飯塚に移住 |
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無料経営相談「バーチャル和田一夫」を開始(02年終了)。インターネットによる無料経営相談を行うと、同時に日本各地で「夢は必ず実現する」をテーマに講演会を展開。 |
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| 9月 |
かねてからの夢であった若手起業家育成のための勉強会「IT松下村塾」を福岡県飯塚市の自宅にてボランティアで開始。第一期門下生は九州工業大学、大分大学、慶応大学等の現役大学生・OB、若手起業家からなる16名。チュニジア、マレーシア等の留学生も参加。 |
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| 2001年 |
株式会社ベンチャー・ビジネスファンドの社名を新たに「株式会社アイ・エム・エー」と改名し、勢力的に講演活動を続ける。この年は講演回数年200回以上を越える。 |
72才 |
| 8月 |
倒産後、初の中国訪問を行う。 |
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古くから親交のあった要人との再会、また多くの要望を受けて、中国での講演活動、カンパニードクターの活動を再開。 |
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| 10月 |
会員制経営相談ホームページ「インターネット国際経営塾」開塾(03年終了)。 |
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| 11月 |
11月「e-ZUKA工房都市forJAVAテクノロジー計画」発起人となる。 |
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| 2002年 |
中国・上海市にある大手グループ上海復星集団の経営戦略顧問に就任 |
73才 |
| 4月 |
北京市懐柔区開発プロジェクト総合顧問に就任。 |
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| 7月 |
南京人民大会堂にて2500人の市民を対象とした講演会にメインスピーカーとして招かれる。 |
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| 10月 |
2001年10月に満1年を持って終了したIT松下村塾を「国際IT松下村塾」と名称を変更し、再開。国際IT松下村塾は地元住民を中心とし、活動を再開した中国の話題も取り入れつつ展開。 |
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| 2003年 |
福岡県飯塚市のアジアIT特区構想を実現すべく精力的に活動。 |
74才 |
| 2004年 |
上海での国際経営コンサルタント活動を本格化 |
75才 |
| 4月 |
上海市内に移住 |
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| 5月 |
上海国際経営塾を開講 |
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経済雑誌でのコラム執筆をはじめ、50年間の経営体験をベースにした失敗学のみだけでなくもっとも中国に近い男として各方面からの講演依頼や経営者育成に力を注ぐ。 |
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| 2005年 |
顧問先の案件を題材に各種の勉強を続けながら日中情勢に応じての臨機応変な体制を模索 |
76才 |
| 5月 |
靖国問題などを契機に上海国際経営塾を休講 |
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| 8月 |
上海を拠点にバイオテクノロジーのプロジェクトに挑戦 |
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| 2006年 |
農業プロジェクト(土壌改良・有機農業)の推進に力を注ぐ |
77才 |
| 4月 |
「77歳からの再出発」の著書を出版 |
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| 5月 |
杭州の浙江大学経済学院で「起業家精神」をテーマに講演 |
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| 7月 |
「77歳からの再出発」の中文翻訳版「東山再起」を出版 復旦大学にて出版記念講演会を開催 北京大学で「発展の方法と才能を生かす鍵」をテーマに数時間に及ぶ講義をこなす 株式会社和田総研の設立、代表取締役社長に就任 |
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| 2007年 |
飯塚と上海を拠点に勉強を続けながら、講演活動を積極的に推進、日本と中国の架け橋となりたいという夢に向かって歩みを進める |
78才 |
| 3月 |
海洋ミネラルを成分とした健康食品「MCM」の販売戦略考案に着手 |
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| 7月 |
上海での国際経営塾の本格的な開校に向けて準備中 |
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